2010年03月31日
雑賀孫市は和歌山の宝
今日は28日の日曜日に伺った「孫市祭り」の様子です。
あいかわらず、情報が遅いです。お許し下さい。
でも、せっかく写真も撮ってるし、面白かったので?
書きますね。
私が「雑賀孫市」を知ったのは、実は小学校の5年生の頃です。
当時は奈良に住んでました。
その頃やっていたNHK大河ドラマ「国盗り物語」で林隆三氏演じる「雑賀孫市」にとんでもない魅力を感じて、この原作本「尻くらえ孫市」を買って読みました。
めちゃくちゃ面白かったです。
これをきっかけに、司馬遼太郎の歴史小説を随分読みました。
今、思うと「縁」を感じます。
「雑賀鉄砲衆」は、今で言えば「傭兵」ですね。
最初、織田信長に見出され、信長勢の「雇われ」として「朝倉攻め」に参加するのですが、やがて雇い主が「本願寺」に代わり、遂に織田信長と対決するというストーリーです。小学生の私、ワクワクして読んでました。
ちょっと「大人の世界」も出てきて、孫市にとても「あこがれていた」と記憶しています。
またその頃、この「孫市」を題材に劇を作って、監督、脚本、音楽を担当して学校で上演したこともありました。
合戦のシーンに効果音を出すつもりが、テープの頭出しをミスって、芝居と全然関係ない「青江三奈」の歌を流しちゃったのを覚えています。
今、こんな年になって和歌山に来て、再び「孫市」に出会うとは、思ってもいませんでした。
「歴女」に代表される「戦国ブーム」ですが、孫市をうまく使って、和歌山活性化に役立てて欲しいですね。
お祭りの主催者の方は「雑賀孫市は和歌山の宝」って、仰ってましたが、私も「吉宗」より「孫市」のほうが好きですね。

写真は、孫市祭り当日の「ゆるきゃらサミット」の様子です。
各地から、ご当地の人気者が集まりました。全員並んでの記念写真です。
人数が多すぎてちょっと、はみ出たので継ぎ足しています。
「キノピー」にプレゼントをもらって子供も大喜びでした。
祭りがもう終わる頃だったので、メインの「武者行列」などは見られませんでしたが、
「鉄砲演舞」の少しだけの分と、「ライブ」と「孫市VS信長のお芝居」も見せていただきました。
お芝居はとても本格的で、迫力ありました。

こんな風に、会場のいたるところに「お侍」さんがいて、一緒に写真を撮ったりしました。
「メイドカフェ」やその他たくさんの「お店」も出ていて、とても楽しかったです。
行きそびれたという方、ぜひ来年は行ってみて下さい。
どんどん大きな「お祭り」になっていくといいですね。
「雑賀孫市」と「雑賀鉄砲隊」、応援しています。
で、動画もあります。
動画は、その「鉄砲演舞」の様子の一部です。
暗くて映りが悪く、例によってものすごく「手ぶれ」しています。
「酔う」かもしれないのでご注意下さい。
部屋を明るくして、小さなお子様は保護者の方といっしょに見て下さいね。
鉄砲の発射時は、ものすごい「轟音」なので、迫力は伝わるかと思います。
スタート直後、私の「ヘンな声」も入っちゃいました。気にしないで下さい。
あいかわらず、情報が遅いです。お許し下さい。
でも、せっかく写真も撮ってるし、面白かったので?
書きますね。
私が「雑賀孫市」を知ったのは、実は小学校の5年生の頃です。
当時は奈良に住んでました。
その頃やっていたNHK大河ドラマ「国盗り物語」で林隆三氏演じる「雑賀孫市」にとんでもない魅力を感じて、この原作本「尻くらえ孫市」を買って読みました。
めちゃくちゃ面白かったです。
これをきっかけに、司馬遼太郎の歴史小説を随分読みました。
今、思うと「縁」を感じます。
「雑賀鉄砲衆」は、今で言えば「傭兵」ですね。
最初、織田信長に見出され、信長勢の「雇われ」として「朝倉攻め」に参加するのですが、やがて雇い主が「本願寺」に代わり、遂に織田信長と対決するというストーリーです。小学生の私、ワクワクして読んでました。
ちょっと「大人の世界」も出てきて、孫市にとても「あこがれていた」と記憶しています。
またその頃、この「孫市」を題材に劇を作って、監督、脚本、音楽を担当して学校で上演したこともありました。
合戦のシーンに効果音を出すつもりが、テープの頭出しをミスって、芝居と全然関係ない「青江三奈」の歌を流しちゃったのを覚えています。
今、こんな年になって和歌山に来て、再び「孫市」に出会うとは、思ってもいませんでした。
「歴女」に代表される「戦国ブーム」ですが、孫市をうまく使って、和歌山活性化に役立てて欲しいですね。
お祭りの主催者の方は「雑賀孫市は和歌山の宝」って、仰ってましたが、私も「吉宗」より「孫市」のほうが好きですね。

写真は、孫市祭り当日の「ゆるきゃらサミット」の様子です。
各地から、ご当地の人気者が集まりました。全員並んでの記念写真です。
人数が多すぎてちょっと、はみ出たので継ぎ足しています。
「キノピー」にプレゼントをもらって子供も大喜びでした。
祭りがもう終わる頃だったので、メインの「武者行列」などは見られませんでしたが、
「鉄砲演舞」の少しだけの分と、「ライブ」と「孫市VS信長のお芝居」も見せていただきました。
お芝居はとても本格的で、迫力ありました。

こんな風に、会場のいたるところに「お侍」さんがいて、一緒に写真を撮ったりしました。
「メイドカフェ」やその他たくさんの「お店」も出ていて、とても楽しかったです。
行きそびれたという方、ぜひ来年は行ってみて下さい。
どんどん大きな「お祭り」になっていくといいですね。
「雑賀孫市」と「雑賀鉄砲隊」、応援しています。
で、動画もあります。
動画は、その「鉄砲演舞」の様子の一部です。
暗くて映りが悪く、例によってものすごく「手ぶれ」しています。
「酔う」かもしれないのでご注意下さい。
部屋を明るくして、小さなお子様は保護者の方といっしょに見て下さいね。
鉄砲の発射時は、ものすごい「轟音」なので、迫力は伝わるかと思います。
スタート直後、私の「ヘンな声」も入っちゃいました。気にしないで下さい。
Posted by はんこ屋 at 00:59│Comments(6)
│和歌山探索
この記事へのコメント
孫市は、雑賀地区の武将ですか?
うちの近所かな?
うちの近所かな?
Posted by 梓ママ at 2010年04月02日 00:24
梓ママさま
実は私もよく解りません。
和歌山の「雑賀」なので、多分その方面かと?
平井の方にも遺蹟があり、だとするとうちの近所なんですよね。
お墓は栄谷にあるみたいです。
資料が少なくて、司馬遼太郎も苦労したようです。
実は私もよく解りません。
和歌山の「雑賀」なので、多分その方面かと?
平井の方にも遺蹟があり、だとするとうちの近所なんですよね。
お墓は栄谷にあるみたいです。
資料が少なくて、司馬遼太郎も苦労したようです。
Posted by はんこ屋
at 2010年04月02日 01:10

私も、NHKTVの大河ドラマ「国盗り物語」を熱中して見てました。歴史大好きです。
雑賀の名前について、もともと和歌山という地名は紀州征伐をした、豊臣秀吉がつけたものです。(実際は弟の秀長かもしれませんが。)
その前は、この地は、雑賀(さいが)と呼ばれてました。彼の本名は鈴木孫市かな?
だから、京都などに孫市が行くと、雑賀から来た孫市ということで「雑賀孫市」と呼ばれていました。
当時の武将は自分が支配した土地の名前を
自分で新たにつけかえました。例えば蒲生氏郷の「松坂」「若松」などですーー。
雑賀の名前について、もともと和歌山という地名は紀州征伐をした、豊臣秀吉がつけたものです。(実際は弟の秀長かもしれませんが。)
その前は、この地は、雑賀(さいが)と呼ばれてました。彼の本名は鈴木孫市かな?
だから、京都などに孫市が行くと、雑賀から来た孫市ということで「雑賀孫市」と呼ばれていました。
当時の武将は自分が支配した土地の名前を
自分で新たにつけかえました。例えば蒲生氏郷の「松坂」「若松」などですーー。
Posted by 植松淳平
at 2010年04月03日 23:24

植松様
へえ、「和歌山」は、豊臣政権が名づけたとは、知りませんでした。
植松さんは、物知りですね。
ぜひ1度、歴史の話で盛り上がりたいですね。
へえ、「和歌山」は、豊臣政権が名づけたとは、知りませんでした。
植松さんは、物知りですね。
ぜひ1度、歴史の話で盛り上がりたいですね。
Posted by はんこ屋 at 2010年04月07日 09:42
紀州雑賀6万石と言われたことも
あったようですね。
秀吉が雑賀を征服した時、和歌浦
の和歌から、今のお城周辺を和歌
山と名付けたようですね。
また、1度ゆっくりと歴史の話で飲み
たいですねー。
あったようですね。
秀吉が雑賀を征服した時、和歌浦
の和歌から、今のお城周辺を和歌
山と名付けたようですね。
また、1度ゆっくりと歴史の話で飲み
たいですねー。
Posted by 植松淳平 at 2010年04月08日 22:09
植松様
ぜひ、1度お願いしたいです。
とても楽しみです。
ぜひ、1度お願いしたいです。
とても楽しみです。
Posted by はんこ屋 at 2010年04月08日 23:01