2010年10月23日
奄美が大変なことに!!






連日報道されているので、皆さんご存知のことと思いますが、奄美大島が大変なことになっています。
6月に奄美に伺い、素晴らしい「島」とその島の人たちに、たくさんの感動と思い出をいただいた場所です。
こんなことになるなんて、とても心が痛く、無力な自分が情けなく思えます。
嫁の友人の「アイ」さんとは、連絡が取れて、幸いにも被害が小さかったと胸をなでおろしました。
ニュースを見ていると、今回もっとも被害がひどかったのは住往町や、龍郷町だと聞いています。
あのマングローブの森や、西郷さんの家は大丈夫だったのかと、心配でなりません。
どうか無事であることを願っています。
奄美の皆さん、どうかご無事で・・・。
どうか、がんばってください。
がんばれ、奄美!!
2010年07月09日
田中一村はスゴイ!!
奄美大島の最後の日は、前日が夜更かしだったのでホテルの出発が朝10時頃になりました。
帰りの飛行機は14時50分だったので、残された時間は4時間あまり、その間にお昼ご飯を済ませ、お土産の買い物もしなければなりません。
ホテルから空港までの道のりで、これらを済まさなければ成らないので、大忙しです。
ところが、1箇所だけ、どうしても行っておきたい場所が出来ました。
それが、
「田中一村記念美術館」です。
実は、田中一村(たなかいっそん)については、全く興味がありませんでした。
奄美のガイドブックや、観光地図には、必ず「田中一村」のことが書かれていましたが、
「奄美まで来て美術館って・・・それは無い」
と、思っていましたので、
田中一村だろうが、東山魁夷であろうが南の島で「絵」を見るなんて、発想がそれ自体皆無だったのです。
ところが・・・・。
6月20日に現地から更新した私のブログに植松さんから次のような書き込みがありました。
「どこか旅行へいくらしいとは、聞いていましたが、奄美大島ですかー。私が今一番行きたいところです。日本のゴーギャン、田中いっそんの絵を展示しているところがありますよー。行ってくださいねーー。」
って書いてありました。
えっ?
植松さんが今、一番行きたいところが奄美大島、?、田中いっそん、?
????
植松さんが「田中一村」を知っていたということも驚きですが、日本のゴーギャンって呼ばれている?
しかも、「時間があったら行って見たら」とかじゃなく、行くのは当然みたいな言い回しの「行ってくださいね」と、断定的ないい方。
これは何かある。そんな予感が・・・・・。
「絵」は嫌いじゃないし、行ってくださいねーー。 って言われたら、そりゃやっぱり行っておかなくては、
途中、色々ありましたが、何とか30分ぐらいですが、美術館に寄ることが出来ました。

美術館の入り口です。ひっそりしています。
やっぱり奄美ですね。ここでも私のほかに、お客さんは見当たりません。
これは、和歌山に戻ってから、調べて解ったのですが、以前の西郷さんの島流しの遺蹟の記事で紹介した「鶴瓶の家族に乾杯」のときも、もともとはゲストの女優さんが、「田中一村」のホンモノの絵を見たいということでこの地に来たということでした。
植松さんといい、この女優さんといい・・・。
「田中一村」ただものじゃありませんね。
で、
私も見に行ったのですが・・・・。
正直、びっくりしました。
今までにも、色んなスゴイ「絵」を見てきましたが、こんなの初めてです。
私は「絵」は素人で、何がよくて、とか全く解りませんが、奄美で見る「田中一村」には、とにかく
感動しました。
田中一村は1908年の生まれ、栃木の出身で主に関東で活躍していた日本画家です。
東京美術学校の同期にはあの「東山魁夷」がいるそうです。
47歳のとき、「能登やわらぎの郷」の聖徳太子殿天井絵を依頼されて描いているので、当時そこそこに認められていた存在だったらしいのですが、当時の画壇の環境に納得せず、またもっといい作品を極めたいと、その後自身を見直すスケッチ旅行に出て、奄美たどり着きます。
50歳で奄美に移り住み、以降19年に渡り奄美での創作活動に入るのですが、とにかく「絵」のほかのことは考えず、「絵」を描くためだけに生きているという生活だったようです。
生きるために、大島紬の染色工場で職工として働き、少しお金が溜まると創作に没頭し、お金が尽きるとまた働くを繰り返したそうです。
5年働き、3年描き、2年働き、個展の費用を稼ぎ、千葉で個展をという計画だったそうです。
生涯、結婚もせず、もちろん子も無く、たった一人で、ただひたすら「描く」という人生です。
69歳のとき、10日前に移ってきた終焉の家で、夕食の支度をしていて突然倒れ、誰にも看取られること無く息を引き取ったと言われています。

この、田中一村記念美術館には、一村の子供の頃から、死の直前の未完成のものも含め、年代ごとに展示してあります。
13歳の色紙の絵
20歳の軸の絵
40歳の色紙の絵
そして、50歳以降の「奄美」での作品と・・・
奄美での作品は、それまでのとは明らかに違っています。
年代順に辿っていくと、一村さんの人生を垣間見た思いになって行きます。
一村が描く、「奄美の自然」、「奄美の生き物」に、心を奪われるような感じです。
圧倒的な迫力です。

私が買ってきた「ポストカード」の絵ですが、この絵は作品の部分でしかないうえ、小さいです。
もちろんその絵の迫力を伝えることは出来ません。
現地へ行ってホンモノを見ていただくとわかるのですが、とにかく、凄みを感じさせる作品でした。
素人の私でも、見ていて圧倒されました。
絵をネットで見たところで、なかなか伝わらないとは思いますが、NHK出版のページをリンクしておきます。
田中一村のページです。作品も見られます。
ここです
田中一村記念美術館はここ→ここ
生前には遂に「誰にも認められることなく」無名のままだったのですが、
死後数年で、NHKの番組に特集が組まれ、一躍脚光を浴びることに・・・。
出来るなら、生きているうちに世間に認められたかったことだと、今わたしたちは思いますが、
ご本人は、多分そんなこと気にしていないと言うでしょうね。
「わしはただ、絵を描きたかっただけだ。」
と、
誰かに認めて欲しくて描いたのではなく、自分が納得する絵を描きたかっただけだと・・・。
田中一村美術館では、多くの学びがありました。
自分のこれから人生に、様々考えることがありました。
一村さんを知ることが出来て、良かったです。
さて、奄美の旅の最後に、ちょっと気になる「木」について紹介します。
それは、一村さんの絵にも描かれていましたし、一村さんの生涯を映画にした作品の題名にもなっている「アダン」という木のことです。
この木、奄美の海でよく見かけました。
こんな木です。


ウィキペディアによると、この木は、
「タコノキ科の常緑小高木。亜熱帯から熱帯にかけての海岸近くで成育し、群落を作る。
ときにマングローブに混生して成育している。果実はパイナップルに似た外見、ヤシガニの好物とされる」
と、出ていました。
そういえば、奄美に着いて最初に紹介した「ヤドカリ」も、このアダンの実にしがみ付いていたっけ・・・。

果実はパイナップルに似ていますが、繊維質が多く、かなり「手」をかけなければ人間は食べられないそうです。
以前は、法事などで食べる風習があったそうですが、今はほとんど食べないそうです。
葉っぱは丈夫で、パナマ帽や、ムシロや、カゴなどを編むのに使われるそうです。
奄美の旅は、最初から最後まで、この「アダン」に見守られていたような、気がします。
アダンは私にとって、奄美を象徴する植物となりました。
和歌山に戻って、半月ほどになり、旅行の写真や、一村さんのポストカードなど見ていると、
奄美に移り住んだ一村さんの気持ちが、何となく解るような気がしています。
植松さん、教えて下さって本当にありがとうございました。
田中一村、凄かったです。
今回で奄美のレポートは終わりです。
長々お付き合いいただき、ありがとうございました。
皆さんも機会がありましたらぜひ、奄美大島へ行って見て下さい。
一村さんや、私たちのように、きっと感動をもらえると、
そう確信しています。
帰りの飛行機は14時50分だったので、残された時間は4時間あまり、その間にお昼ご飯を済ませ、お土産の買い物もしなければなりません。
ホテルから空港までの道のりで、これらを済まさなければ成らないので、大忙しです。
ところが、1箇所だけ、どうしても行っておきたい場所が出来ました。
それが、
「田中一村記念美術館」です。
実は、田中一村(たなかいっそん)については、全く興味がありませんでした。
奄美のガイドブックや、観光地図には、必ず「田中一村」のことが書かれていましたが、
「奄美まで来て美術館って・・・それは無い」
と、思っていましたので、
田中一村だろうが、東山魁夷であろうが南の島で「絵」を見るなんて、発想がそれ自体皆無だったのです。
ところが・・・・。
6月20日に現地から更新した私のブログに植松さんから次のような書き込みがありました。
「どこか旅行へいくらしいとは、聞いていましたが、奄美大島ですかー。私が今一番行きたいところです。日本のゴーギャン、田中いっそんの絵を展示しているところがありますよー。行ってくださいねーー。」
って書いてありました。
えっ?
植松さんが今、一番行きたいところが奄美大島、?、田中いっそん、?
????
植松さんが「田中一村」を知っていたということも驚きですが、日本のゴーギャンって呼ばれている?
しかも、「時間があったら行って見たら」とかじゃなく、行くのは当然みたいな言い回しの「行ってくださいね」と、断定的ないい方。
これは何かある。そんな予感が・・・・・。
「絵」は嫌いじゃないし、行ってくださいねーー。 って言われたら、そりゃやっぱり行っておかなくては、
途中、色々ありましたが、何とか30分ぐらいですが、美術館に寄ることが出来ました。

美術館の入り口です。ひっそりしています。
やっぱり奄美ですね。ここでも私のほかに、お客さんは見当たりません。
これは、和歌山に戻ってから、調べて解ったのですが、以前の西郷さんの島流しの遺蹟の記事で紹介した「鶴瓶の家族に乾杯」のときも、もともとはゲストの女優さんが、「田中一村」のホンモノの絵を見たいということでこの地に来たということでした。
植松さんといい、この女優さんといい・・・。
「田中一村」ただものじゃありませんね。
で、
私も見に行ったのですが・・・・。
正直、びっくりしました。
今までにも、色んなスゴイ「絵」を見てきましたが、こんなの初めてです。
私は「絵」は素人で、何がよくて、とか全く解りませんが、奄美で見る「田中一村」には、とにかく
感動しました。
田中一村は1908年の生まれ、栃木の出身で主に関東で活躍していた日本画家です。
東京美術学校の同期にはあの「東山魁夷」がいるそうです。
47歳のとき、「能登やわらぎの郷」の聖徳太子殿天井絵を依頼されて描いているので、当時そこそこに認められていた存在だったらしいのですが、当時の画壇の環境に納得せず、またもっといい作品を極めたいと、その後自身を見直すスケッチ旅行に出て、奄美たどり着きます。
50歳で奄美に移り住み、以降19年に渡り奄美での創作活動に入るのですが、とにかく「絵」のほかのことは考えず、「絵」を描くためだけに生きているという生活だったようです。
生きるために、大島紬の染色工場で職工として働き、少しお金が溜まると創作に没頭し、お金が尽きるとまた働くを繰り返したそうです。
5年働き、3年描き、2年働き、個展の費用を稼ぎ、千葉で個展をという計画だったそうです。
生涯、結婚もせず、もちろん子も無く、たった一人で、ただひたすら「描く」という人生です。
69歳のとき、10日前に移ってきた終焉の家で、夕食の支度をしていて突然倒れ、誰にも看取られること無く息を引き取ったと言われています。

この、田中一村記念美術館には、一村の子供の頃から、死の直前の未完成のものも含め、年代ごとに展示してあります。
13歳の色紙の絵
20歳の軸の絵
40歳の色紙の絵
そして、50歳以降の「奄美」での作品と・・・
奄美での作品は、それまでのとは明らかに違っています。
年代順に辿っていくと、一村さんの人生を垣間見た思いになって行きます。
一村が描く、「奄美の自然」、「奄美の生き物」に、心を奪われるような感じです。
圧倒的な迫力です。

私が買ってきた「ポストカード」の絵ですが、この絵は作品の部分でしかないうえ、小さいです。
もちろんその絵の迫力を伝えることは出来ません。
現地へ行ってホンモノを見ていただくとわかるのですが、とにかく、凄みを感じさせる作品でした。
素人の私でも、見ていて圧倒されました。
絵をネットで見たところで、なかなか伝わらないとは思いますが、NHK出版のページをリンクしておきます。
田中一村のページです。作品も見られます。
ここです
田中一村記念美術館はここ→ここ
生前には遂に「誰にも認められることなく」無名のままだったのですが、
死後数年で、NHKの番組に特集が組まれ、一躍脚光を浴びることに・・・。
出来るなら、生きているうちに世間に認められたかったことだと、今わたしたちは思いますが、
ご本人は、多分そんなこと気にしていないと言うでしょうね。
「わしはただ、絵を描きたかっただけだ。」
と、
誰かに認めて欲しくて描いたのではなく、自分が納得する絵を描きたかっただけだと・・・。
田中一村美術館では、多くの学びがありました。
自分のこれから人生に、様々考えることがありました。
一村さんを知ることが出来て、良かったです。
さて、奄美の旅の最後に、ちょっと気になる「木」について紹介します。
それは、一村さんの絵にも描かれていましたし、一村さんの生涯を映画にした作品の題名にもなっている「アダン」という木のことです。
この木、奄美の海でよく見かけました。
こんな木です。


ウィキペディアによると、この木は、
「タコノキ科の常緑小高木。亜熱帯から熱帯にかけての海岸近くで成育し、群落を作る。
ときにマングローブに混生して成育している。果実はパイナップルに似た外見、ヤシガニの好物とされる」
と、出ていました。
そういえば、奄美に着いて最初に紹介した「ヤドカリ」も、このアダンの実にしがみ付いていたっけ・・・。

果実はパイナップルに似ていますが、繊維質が多く、かなり「手」をかけなければ人間は食べられないそうです。
以前は、法事などで食べる風習があったそうですが、今はほとんど食べないそうです。
葉っぱは丈夫で、パナマ帽や、ムシロや、カゴなどを編むのに使われるそうです。
奄美の旅は、最初から最後まで、この「アダン」に見守られていたような、気がします。
アダンは私にとって、奄美を象徴する植物となりました。
和歌山に戻って、半月ほどになり、旅行の写真や、一村さんのポストカードなど見ていると、
奄美に移り住んだ一村さんの気持ちが、何となく解るような気がしています。
植松さん、教えて下さって本当にありがとうございました。
田中一村、凄かったです。
今回で奄美のレポートは終わりです。
長々お付き合いいただき、ありがとうございました。
皆さんも機会がありましたらぜひ、奄美大島へ行って見て下さい。
一村さんや、私たちのように、きっと感動をもらえると、
そう確信しています。
2010年07月04日
奄美の海

奄美の旅は、もう少し続きます。2日目の午後に行った、大浜公園の海です。
奄美の中心街、名瀬から近いので、たくさんのお客さんがいると思っていましたが、
平日ということもあって、ほどんど人がいませんでした。
とにかく、広い海です。
この海、アメリカ合衆国へも続いているはずです。
このすばらしい海を独り占めでした。

海岸には、南国ならではみたいな建物が、そこかしこに設置されています。
お客さんは、ここで着替えて、そのまま海へ、
って感じです。
真っ青な空が広がっていました。白い「月」が出ているの、解りますか?
とてもロマンチックな眺めです。若い頃、来たかったな・・・

奄美の昼は長いです。
多分午後7時ごろなんですが、日没はもう少し先みたいです。

波が高いので、海岸で遊ぶだけって言っていたのに、
いつの間にか「パンいち」で走り回っている息子です。
これが初めての海水浴になりました。
和歌山に住んでいるのに・・・。

ここの施設は、バーベーキューも出来ます。この後、やりました。
息子は、バーベーキューも初めてです。
とにかく、何でもやりだがります。
危ないからダメって言っているのですが、肉を焼くと言って聞きません。
飛行機、旅行、海水浴、ホテルでの宿泊、奄美大島、バーベキュー、・・・初めてづくしの旅に、大はしゃぎでした。
ちなみに、バーベーキューも1組だけでした。
夜になって、雷が鳴り始め、やがて大雨に・・・・。

次の日(この日が最終日)に行った、空港近くの「ばしゃ山村」の海岸です。
ここにも、見事に人がいませんでした。
その代わりに
「犬」が・・・
横切って行きました。
海と犬、何となく似合わんなあ(二ャーワンなあ)・・・。

さて、「おまけ」です。
嫁のお友達のオススメの、田原製菓の「かりんとう」です。
お友達は、名瀬の人なんですが、瀬戸内町に行くことがあると必ず買って帰るというオススメの「かりんとう」だそうです。

「かりんとう」なんて・・・。
舐めていましたが、食べてみてびっくりです。
これこそが「かりんとう」なんですね。
そんな素朴な味がしました。
子供の指ぐらいの太さ、固さもほどよく、もちろん無添加で、黒糖の美味しさがふんだんに感じられます。
奄美の、このお店でしか売っていなくて、手作りのため、量産できないそうです。
売り切れ次第終了で、お昼過ぎには売切れてしまうこともしばしばだとか。
とにかく、美味しかったです。
子供の頃を思い出しました。
それにしても、
奄美の「黒糖」はスゴイですね。
「黒砂糖」も、少し買って帰りましたが、これもとても美味しいです。
帰ってから、奄美の黒糖の虜になっています。
スーパーで、他の黒糖も買ってみましたが、やっぱり全然違います。
奄美の黒糖、恐るべしです。
「さとうきび」やりますね!!
無添加で、自然食品です。
白い砂糖より、こっちの方がいいかも・・・。
そして、

ハブ酒も有名ですね。
ハブがまるごと入っているのもありますが、これはかなり小さなビンです。
私はお酒は飲めないので飲んでいませんが、元気になるそうです。
さて、次回で「奄美の旅」は最終回です。
次回は、奄美で「心が揺さぶられた」という話です。
2010年06月30日
グラスボートとマングローブ原生林

何しろ、2泊3日の旅なので、奄美大島2日目は旅行のメインです。
1日目が「荒天」だったので、2日目は晴れたらいいなって思っていたところ、少々雲はあるものの、時折晴れ間がのぞくまあまあの天気になりました。
この頃、世間では暗いニュースがいっぱいで、とくに梅雨時の大雨の被害を伝えていて、
浜名湖でボートが転覆したとか、鹿児島で大雨警報とか、
とにかく、いつ天気がくずれるか、とても心配でした。
それに私、乗り物はとても苦手、そんなこともあって、
どう考えても、「船」とか「カヌー」とか、無理だったのですが、
2日目のスケジュールをきっちり計画してくれていた嫁のお友達に進められるまま、
グラスボートとやらに、乗り込む羽目に・・・・。
大丈夫かな?・・・(心ぼそ)

船の写真が無くてすいません。
船上は、平日なのに団体さんで大騒ぎでした。
船から見える島かげは南国情緒だっぷり、和歌山では見られない景色がいっぱいです。
島に生えている「木」が全然違います。
「ソテツ」とかそんなのが多いです。遠くから見るとバナナが成っているようにも見えました。
息子に「ほら、バナナみたいやな」と、言っている写真です。
どっちかが私で、どっちかが息子です。

バナナに見えました。
でも、よく見ると、どうやら違います。
そうこうしているうちに船はポイントに到着、船底のガラス越しの窓から海底が見られます。
天気もそこそこだったので、ちょっと暗いですが、熱帯魚なんかも泳いでるのを見ることが出来ました。
ちょっと感動的。
息子はすでに「ハイテンション」です。

行って帰っておよそ1時間ほどでしたが、とても楽しかったです。
ちょっと揺れたので、1時間はぎりぎりでした。
あと30分とか乗っていたらやばかったかも・・・。
でも、キレイな奄美の海の底が見れてよかったです。
息つく暇もなく、次は「マングローブ原生林」へ
今度はカヌーに乗って、マングローブの森を探検!!見たいな施設です。
ACEさんのブログでカヌーの記事が書かれていたのを見たことがありますが、
私には「絶対無理」。カヌーで川を行くなんて、怖い、怖い、怖い。
ても、嫁のお友達が以前乗って感動したからぜひと、進められ、覚悟して乗りました。
波が来たらどうしよう、子供づれで大丈夫かな?
不安を抱きながらの出発です。

まず、乗る前に、カヌーの漕ぎ方とか、注意事項を教えてもらいます。
そんなに怖くないな、落ち着いていれば安心かな。
この時点でちょっと、そう感じました。
いよいよ出発。担当のガイドさんももちろん一緒なので「イザというとき」は助けてくれるので安心です。

「マングローブとは、マングローブという名の木のことではなく、海水でも育つ木が一緒くたになって群生している森を言うんですよ。」とか、教えていただきました。
時折、魚が横切ったり、カニが木によじ登っていたりが見え、息子は大はしゃぎでした。
カヌーを操りながら、写真を撮るという高度な作業も何なく出来ましたね。

何よりもこの辺りは、川といっても穏やかな「湖」みたいな感じで、波もほとんど感じません。
水深も50センチとか1メートルぐらいのところが多くて、川底も透けて見えます。
カヌーもゆっくりゆっくり進むので、いつしか「カヌーって楽しい・・・」って感じになります。

マングローブの木陰ごしの青空、遠くの山も、神秘的で別世界です。

「奄美に来てよかった」って、心底思えた瞬間です。
正直、1日目は天候もありましたが、あまりの「田舎」ぶりに
「3日間何して暇つぶすのかな?」って思ってたのですが、
「船」も「カヌー」も、選択肢にはありませんでした。
ここへ誘ってくれた嫁のお友達には本当にお世話になり、感謝しています。
旅行は本当に数年ぶりで、毎日の生活に追われていて、「知らない世界に行く」ということが自分の「興味」から遠くなっていました。
なので「新しいことを経験する」ことに、臆病になっていた気がします。
「船」も「カヌー」も、やってみるとかなり面白いです。
先人の方に教えていただき、ルールを守って参加すれば、危険も多くはないのかも知れません。
「知らなかったこと」を「知る」ことは、とても大切です。
もし、この体験がなかったら、ずいぶん「損」をしていたなと、かなり思いました。
皆さんも「奄美」に行くことがありましたら、「海底観光船グラスボート」と「マングローブの森の探検」にぜひ行ってみて下さい。
知らなかった世界を見てみて下さい。
海底観光船「マリンビューワせと」大島郡瀬戸内町古仁屋 TEL 0997-72-1326 http://www.amami.com/seto/
「マングローブパーク」奄美市住用町石原 TEL 0977-56-3355 http://www.mangrovepark.com/
海底観光船は大人1人2500円(子供1250円)
カヌーは大人1人1500円でした。
2010年06月29日
奄美グルメを一挙紹介!!
今日は奄美のグルメを一挙に紹介します。
お世話になったのは、宿泊先のホテル近くの「居酒屋しん太郎」さん。
奄美を案内してくれた嫁の友人の同級生の方がされているそうで、とてもよくしていただきました。

まずは、お店の前でパチリ。なかなかいい雰囲気です。
お店に入ると、ほぼ満席で、予約していただいて良かったです。
テーブルに見たことの無い「貝」が・・・・。

「トビンニャ貝」と言うそうです。塩茹でになっていて美味です。
巻貝の尻尾みたいなところを爪楊枝に引っ掛けて引っ張り出して食べます。
説明しにくい味ですが、人気あるそうで、なかなか無いそうです。

「お刺身の盛り合わせ」
普通に美味しいです。カンパチ、マグロ、サバ、タコ、でした。
サバは脂が乗っていてサイコーです。
ユウさんが心配していたような熱帯魚の料理はありませんでしたね。

「アオサ天ぷら」です。
うまいこと揚げてます。カリカリで海の香りがして、おいしいです。

ここから、豚料理が続々出て来ます。
まずは「豚足」です。
こちらもカリカリで、食べやすいです。
コラーゲン満載ですね。つるっと抜けて、口の中でとろける感じです。
こっちで食べているのとは少し違いますね。
もちろん奄美のほうが私の好みです。

「豚耳とピーマン炒め」
豚の耳です。コリコリしていて、これまた美味しいです。

「島きゅうりと塩豚の煮物」
島きゅうりという大きめのきゅうりと、塩豚の煮物です。
肉はやわらかく、塩味でサイコーです。島きゅうりはきゅうりより瓜に近い感じです。
冬瓜とかに似ていますね。

「豚舌の味噌漬け」です。
豚タンは初めてでした。
こっちには絶対無いですね。
味噌が効いていて、とても美味しかったです。
どれもこれも奄美の豚料理、サイコーでした。
最後は奄美のガイドブックに必ず乗っている2品を紹介します。
「しん太郎」さんで締めにいただいた「油ソーメン」と、

翌日のお昼に、瀬戸内町の食堂で食べた「鶏飯(けいはん)」です。

油ソーメンは名前とちがい、けっこうあっさりしていて美味しかったです。
お店によって独自の味付けがあるそうです。
こちらは、だしがかかった焼きそば風です。味付けは塩味でした。
ソーメンはこちらの銘柄があるのかと思い尋ねたところ、「揖保の糸」とか「三輪ソーメン」だそうです。
これはこっちでも作れそうですね。
やっぱり豚が乗っていて、ニラが効いてます。
鶏飯はご飯の上に、ほぐした鶏、甘く煮た椎茸、錦糸玉子、のり、ねぎ、を乗せ、鶏で取った出汁を茶漬けのようにしてかけて食べます。なぜ「奄美名物」なのかは調べていません。

乗せるとこんな感じです。これに小鉢のモズク酢とパパイヤの漬物が付いていました。
確か1人前1000円くらいですが、とてもボリュームがあり食べきれない量です。
お昼にはぴったりですね。
そんな感じで、とにかく奄美グルメを満喫させていただきました。
なかなか美味しかったです。
「しん太郎」さん、ごちそう様でした。
こっちでも「奄美料理」のお店探してみたいと思います。
居酒屋でお話した、奄美新聞の記者さんによると、奄美のラーメンはなかなかいけるそうです。
何件かお店がありましたが、どこもそこそこ美味いと言ってました。
この日はお腹いっぱいになり、翌日は浜でバーベーキューだったので、結局ラーメンは食べることが出来ませんでした。
それがちょっと心残りでした。
では、
次回は、いよいよ奄美の海に行きますよ!!
お楽しみに?
お世話になったのは、宿泊先のホテル近くの「居酒屋しん太郎」さん。
奄美を案内してくれた嫁の友人の同級生の方がされているそうで、とてもよくしていただきました。

まずは、お店の前でパチリ。なかなかいい雰囲気です。
お店に入ると、ほぼ満席で、予約していただいて良かったです。
テーブルに見たことの無い「貝」が・・・・。

「トビンニャ貝」と言うそうです。塩茹でになっていて美味です。
巻貝の尻尾みたいなところを爪楊枝に引っ掛けて引っ張り出して食べます。
説明しにくい味ですが、人気あるそうで、なかなか無いそうです。

「お刺身の盛り合わせ」
普通に美味しいです。カンパチ、マグロ、サバ、タコ、でした。
サバは脂が乗っていてサイコーです。
ユウさんが心配していたような熱帯魚の料理はありませんでしたね。

「アオサ天ぷら」です。
うまいこと揚げてます。カリカリで海の香りがして、おいしいです。

ここから、豚料理が続々出て来ます。
まずは「豚足」です。
こちらもカリカリで、食べやすいです。
コラーゲン満載ですね。つるっと抜けて、口の中でとろける感じです。
こっちで食べているのとは少し違いますね。
もちろん奄美のほうが私の好みです。

「豚耳とピーマン炒め」
豚の耳です。コリコリしていて、これまた美味しいです。

「島きゅうりと塩豚の煮物」
島きゅうりという大きめのきゅうりと、塩豚の煮物です。
肉はやわらかく、塩味でサイコーです。島きゅうりはきゅうりより瓜に近い感じです。
冬瓜とかに似ていますね。

「豚舌の味噌漬け」です。
豚タンは初めてでした。
こっちには絶対無いですね。
味噌が効いていて、とても美味しかったです。
どれもこれも奄美の豚料理、サイコーでした。
最後は奄美のガイドブックに必ず乗っている2品を紹介します。
「しん太郎」さんで締めにいただいた「油ソーメン」と、

翌日のお昼に、瀬戸内町の食堂で食べた「鶏飯(けいはん)」です。

油ソーメンは名前とちがい、けっこうあっさりしていて美味しかったです。
お店によって独自の味付けがあるそうです。
こちらは、だしがかかった焼きそば風です。味付けは塩味でした。
ソーメンはこちらの銘柄があるのかと思い尋ねたところ、「揖保の糸」とか「三輪ソーメン」だそうです。
これはこっちでも作れそうですね。
やっぱり豚が乗っていて、ニラが効いてます。
鶏飯はご飯の上に、ほぐした鶏、甘く煮た椎茸、錦糸玉子、のり、ねぎ、を乗せ、鶏で取った出汁を茶漬けのようにしてかけて食べます。なぜ「奄美名物」なのかは調べていません。

乗せるとこんな感じです。これに小鉢のモズク酢とパパイヤの漬物が付いていました。
確か1人前1000円くらいですが、とてもボリュームがあり食べきれない量です。
お昼にはぴったりですね。
そんな感じで、とにかく奄美グルメを満喫させていただきました。
なかなか美味しかったです。
「しん太郎」さん、ごちそう様でした。
こっちでも「奄美料理」のお店探してみたいと思います。
居酒屋でお話した、奄美新聞の記者さんによると、奄美のラーメンはなかなかいけるそうです。
何件かお店がありましたが、どこもそこそこ美味いと言ってました。
この日はお腹いっぱいになり、翌日は浜でバーベーキューだったので、結局ラーメンは食べることが出来ませんでした。
それがちょっと心残りでした。
では、
次回は、いよいよ奄美の海に行きますよ!!
お楽しみに?
2010年06月26日
西郷南洲謫居跡
せっかくなので、しばらく奄美大島のレポートをしてみます。
1日目は表題のとおり「西郷南洲謫居跡」です。
奄美大島に着いて、最初の日は空港からレンタカーで「あやまる岬」へ、その後「龍郷町」へ向かいました。

近年は「歴史ブーム」で、今年はNHKドラマ「龍馬伝」の影響で幕末の頃が人気になっています。
私も古い「歴史好き」なので、坂本龍馬もすきですが、奄美大島といえば、やっぱり西郷隆盛ってことになります。
最初、嫁に「奄美大島行くで」と言われたとき、行きたいところは「西郷さんのところ」しか思い浮かびませんでした。
(今から思うと、もっと事前に調べておくべきだったと後悔しています。)
もしかしたら私のブログの読者であるの和歌山の皆さんは、なぜ「奄美大島」が西郷なんだと思われるかも知れませんね。
簡単に説明すると、西郷さんが30才の頃、あの「安政の大獄」があり、薩摩藩は罪人として彼を島流しにします。
いろいろあって2回(安政6年奄美、文久2年徳之島~沖永良部に)島流しにされるのですが、その最初の島が「奄美大島」だったんですね。
最初の写真は西郷が島流しにされたときに乗ってきた船をつないだ松の木と言われているところです。
「西郷松」と呼ばれて大事にされています。
石碑も建てられていました。

この西郷松から少し行ったところに、西郷さんが住んでいたという家がほぼ当時の姿のまま残されています。
ここで、西郷は奄美の「島妻(島の奥様)」と、暮らしておられたんですね。

西郷さんと愛加那さんの悲恋のお話はご存知の方も多いと思います。
さて、愛加那さんは本名「龍愛子」さんと仰るそうです。
この施設は愛加那さんの親戚のやっぱり「龍」さんて方が管理されていて、とても詳しく説明をしていただけます。
この龍さん、独特の語り口調で、朴訥とした真面目なお人柄がにじみ出ておられて、南の島でこの話が聞けたことが、とても感動的でした。
そのときの私は、2度と「奄美」に来ることはないと考えていたので、奄美の西郷さんの奥様の血筋に当たるこの方と、どうしても一緒に写真を撮りたいと思ってしまいました。
いつもならそんなこと絶対にお願いしないのですが、龍さんはびっくりされて、でも快く撮影に応じていただきました。
息子は奄美に到着直後、車中で爆睡状態になり嫁も息子に付き添っていたので、私は1人でここを尋ねていて、たまたま居合わせたご夫婦にシャッターをお願いしないといけないというちょっと申し訳ない状況でした。
でも、皆さんいい方たちで、私の希望をかなえてもらいました。
とてもよく映っています。ありがとうございました。

どっちかが私でどっちかが龍さんです。
龍さんそう言えば、なんとなく西郷さんに似ておられますね。
この日は暑い日で、龍さんも汗びっしょりです。それでも熱心に西郷さんや愛加那さんのお話を聞かせていただきました。
私にとって、とても忘れられない思い出になりました。
ところでこの龍さん、実は5月に放送されたNHKの「鶴瓶の家族に乾杯・龍郷町編」にも出ておられましたので、見た方も多いのでは・・・、実は私も偶然見ていました。
まさか、1ヵ月後に奄美に行くとはその時は思ってもいませんでしたが・・・。
なので、独特の語り口の龍さんのこと、すごく印象に残っていて、「あっ、この人だ」って思ったんです。
そうそう、鶴瓶さんのサインもありました。

鶴瓶さんとは、20歳頃に特別な思い出があるのですが、その件はまたの機会にってことで、
今回は少し固い話になったので、次回は奄美で食べた物についてリポートします。
お楽しみに・・・・?
1日目は表題のとおり「西郷南洲謫居跡」です。
奄美大島に着いて、最初の日は空港からレンタカーで「あやまる岬」へ、その後「龍郷町」へ向かいました。

近年は「歴史ブーム」で、今年はNHKドラマ「龍馬伝」の影響で幕末の頃が人気になっています。
私も古い「歴史好き」なので、坂本龍馬もすきですが、奄美大島といえば、やっぱり西郷隆盛ってことになります。
最初、嫁に「奄美大島行くで」と言われたとき、行きたいところは「西郷さんのところ」しか思い浮かびませんでした。
(今から思うと、もっと事前に調べておくべきだったと後悔しています。)
もしかしたら私のブログの読者であるの和歌山の皆さんは、なぜ「奄美大島」が西郷なんだと思われるかも知れませんね。
簡単に説明すると、西郷さんが30才の頃、あの「安政の大獄」があり、薩摩藩は罪人として彼を島流しにします。
いろいろあって2回(安政6年奄美、文久2年徳之島~沖永良部に)島流しにされるのですが、その最初の島が「奄美大島」だったんですね。
最初の写真は西郷が島流しにされたときに乗ってきた船をつないだ松の木と言われているところです。
「西郷松」と呼ばれて大事にされています。
石碑も建てられていました。

この西郷松から少し行ったところに、西郷さんが住んでいたという家がほぼ当時の姿のまま残されています。
ここで、西郷は奄美の「島妻(島の奥様)」と、暮らしておられたんですね。

西郷さんと愛加那さんの悲恋のお話はご存知の方も多いと思います。
さて、愛加那さんは本名「龍愛子」さんと仰るそうです。
この施設は愛加那さんの親戚のやっぱり「龍」さんて方が管理されていて、とても詳しく説明をしていただけます。
この龍さん、独特の語り口調で、朴訥とした真面目なお人柄がにじみ出ておられて、南の島でこの話が聞けたことが、とても感動的でした。
そのときの私は、2度と「奄美」に来ることはないと考えていたので、奄美の西郷さんの奥様の血筋に当たるこの方と、どうしても一緒に写真を撮りたいと思ってしまいました。
いつもならそんなこと絶対にお願いしないのですが、龍さんはびっくりされて、でも快く撮影に応じていただきました。
息子は奄美に到着直後、車中で爆睡状態になり嫁も息子に付き添っていたので、私は1人でここを尋ねていて、たまたま居合わせたご夫婦にシャッターをお願いしないといけないというちょっと申し訳ない状況でした。
でも、皆さんいい方たちで、私の希望をかなえてもらいました。
とてもよく映っています。ありがとうございました。

どっちかが私でどっちかが龍さんです。
龍さんそう言えば、なんとなく西郷さんに似ておられますね。
この日は暑い日で、龍さんも汗びっしょりです。それでも熱心に西郷さんや愛加那さんのお話を聞かせていただきました。
私にとって、とても忘れられない思い出になりました。
ところでこの龍さん、実は5月に放送されたNHKの「鶴瓶の家族に乾杯・龍郷町編」にも出ておられましたので、見た方も多いのでは・・・、実は私も偶然見ていました。
まさか、1ヵ月後に奄美に行くとはその時は思ってもいませんでしたが・・・。
なので、独特の語り口の龍さんのこと、すごく印象に残っていて、「あっ、この人だ」って思ったんです。
そうそう、鶴瓶さんのサインもありました。

鶴瓶さんとは、20歳頃に特別な思い出があるのですが、その件はまたの機会にってことで、
今回は少し固い話になったので、次回は奄美で食べた物についてリポートします。
お楽しみに・・・・?
2010年06月22日
無事に、帰って来れました。

今日の奄美大島も雲はありましたが、とても良い天気でした。
それにしても、とにかく「暑い」です。
高い太陽と、強い風、海から湿った空気が吹き込んで、島全体がミストサウナみたいでした。
写真は奄美空港近くのばしゃ山村というリゾート施設のビーチです。
まだシーズン前みたいで、広いビーチにお客さんが私達だけでした。
海の向こうは外洋に続いているのでどこまでも水平線で、とても広い海です。
とても贅沢な気分。もう少し、ゆっくりしたかったです。
そして、お昼過ぎの便で無事帰ってきました。
飛行機は少し揺れましたが、とても快適な旅でした。
小春の面倒を見ていただいた「ミーコ」さん、奄美を付きっ切りで案内してくれた嫁のお友達の有島さん、奄美新聞の記者さん、その他いっぱいの人たちにお世話になりました。
旅の様子はまたご報告します。
奄美大島とてもよかったです。
天気にも恵まれてサイコーでした。
では、
2010年06月22日
晴れてくれました。

天気予報は曇りでしたが、何とか晴れてくれました。
おかげで家族で南国の海を満喫出来ました。
海はさすがに綺麗です。
鹿児島地方は、大雨のようですが、こっちは大丈夫でした。
鹿児島県って広いですね。
明日、帰ります。明日も天気は悪そうなので、飛行機が揺れそうですね。
また、報告します。
とにかく、良かったです。
2010年06月20日
突然ですが、・・・。
突然ですが、今、奄美大島に来ています。

今朝、大阪を出発して、奄美空港に着きました。
残念ながら、曇り空。
時折、激しく雨が降る悪天候で、残念です。

写真は空港から15分ほどの「あやまる岬」ってところです。
見てのとおり、どんよりしています。

でも、びっくりするぐらい大きな「ヤドカリ」を見つけました。
自然にいるこんな大きなヤドカリは、初めてです。
すごい!!
こんなのいっぱいいるみたいです。
明日は、晴れてほしいですね。
詳しくは、また報告します。
とにかく、奄美大島からです。
では、
小春ちゃん、待っててね。

今朝、大阪を出発して、奄美空港に着きました。
残念ながら、曇り空。
時折、激しく雨が降る悪天候で、残念です。

写真は空港から15分ほどの「あやまる岬」ってところです。
見てのとおり、どんよりしています。

でも、びっくりするぐらい大きな「ヤドカリ」を見つけました。
自然にいるこんな大きなヤドカリは、初めてです。
すごい!!
こんなのいっぱいいるみたいです。
明日は、晴れてほしいですね。
詳しくは、また報告します。
とにかく、奄美大島からです。
では、
小春ちゃん、待っててね。